編集後記‐全巻刊行を終えて

 ついに終った。別巻をのぞいて、全巻完結。いま私の胸には、この全集を愛し終始励ましてくださったたくさんのSF読者への重い責任をぷじ果たしおえた安堵と、大仕事を完成したあとに必ずくる虚脱感と、そしてもちろん、日本いや世界のSF史上に一つのメルクマールを打ち樹てたという喜びが、複雑に渦まいている。
 顧れば、いまから約四年前、この全集の立案者である当時のSFマガジン編集長福島正実氏から、はじめて腹案を示されたとき、私は、日本のSF出版もついにこのような大型企画を考えるべき時期に到達したかと、十年前入社当時の赤字つづきのころの苦労を知っているだけに、感無量の思いにうたれる一方、はたしてわが社のカで、無事最後まで刊行が果たせるかどうか、日本のSF読者が、いまは草創期に比べて飛躍的に増大したとはいえ、この全集をどう受けとめてくれるか、その外側の一般読者はどこまで興味を示してくれるだろうかと、一抹の不安にかられぬわけにはいかなかった。そのころ乱立気味だった大手各社の文学全集に伍して、どこまで部数をのぽせるか、という懸念もあった。
 なにしろこの企画は、私たちにとってすべての点で初ものづくめだったのだ。わが社が創業以来初めて手がける出版形式だし、内容的に見れば、文字通り世界SF史上始めてという画期的な、米英ソなどのSF大国でもいまだ試みられたことがないものだった。
 しかし、福島氏をはじめ私たちSF編集部は、SFがここまで普及したいま、この仕事はいつかはだれかがやらねばならぬ−−そして、それはわれわれをおいて、今をおいてはかにないという、一種の使命感にかられていた。良きアドバイザーとして、石川喬司野田宏一郎伊藤典夫三氏の協力をあおぎ、私たち五人は、何度もミーティングをもって、企画の練りあげに打ちこんだ。
 一年後、ハヤカワSF全集は、さまざまの期待と希望と不安とをのせつつ、スタートした。案ずるより生むが易し、とはよくいったものだ。「現代を飛翔する全集」「全隼に食傷気味の読書界に新風を吹きこむ異色企画」「SF的思考の新鮮な衝撃を持つ内容」etc……中央各紙、週刊誌、書評紙にきわめて好意的にとりあげられ予想を上まわる読者の圧倒的な支持を得ることができ、私たちはまさに編集者冥利につきた。
 もちろん、すべて、順風満帆だったわけてはない。刊行一年目に福島氏が諸々の事情から現職をしりぞかれたことか第一にあげられる。あとをついだ菲才の私には、きわめて荷の重すぎる仕事だった。 
 また、文学SFの代表作品としてオーウェルの「一九八四年」を選んだところ、今だからいえるのだが、オーウェル夫人から、「SFの全集に入れられるのは心外」という抗議がきた。現代文学としてのSFについて、汗だくの説明につとめ、やっと納得してもらったが、こうした偏見を打破することも、この全集を出す意義と目的の一つであったのだ。
 そのほか、こうした長期刊行物にはどうしてもありがちな入稿の遅れや進行の渋滞などに再三再四手を焼いた。それでもなお、毎月刊行というハードなスケジュールを何とか最終配本まで守り通せたことは、まったく幸いだというほかない。
 もちろん、この全集がひとまず完了したからといって、気をゆるめるつもりぱ毛頭ない。別巻の刊行も果たさなければ、画龍に点睛を欠くというものだろう。そしてさらに、本全集に収録した作家作品の時代以後の、新鮮な現代SFをどんどん紹介していかねばならない義務と使命とが、私たちには課されているからだ。(M・M)