SF応用学 浅倉久志

 スクリーン・プロセスという映画の撮影方法がある。セットの後へ特殊スクリーンを立てて、その裏側から背景のフィルムを映写し、セットで行なわれる俳優の演技といっしょに撮影する−−ロケなしで安直にすませるにはもってこいだし、SF映画の撮影でもおなじみの方法だ。ところが、いままで裏から映されていたこのフィルムをスクリーンの前面から映写する画期的な新方式が誕生し、映画やテレビでさかんに使われ初めている。前面映写ユニットと呼ばれるこの装置のまたの名は、ラインスター・プロジェクター−−といえぱもうおわかりだろう。SF界の最長老マレイ・ラインスターがその発明者なのだ。アナログ誌の六七年十一月号に、『SF応用学』と題して、ラインスター自身がこの発明の裏話を書いているので、それを要約して紹介しよう−−
 そもそもの始まりは、あるテレビ局のSFシリーズで、私の『最初の接触』という短篇(本全集第32巻に収録)がとりあげられ、そのリハーサルに招かれたときだった。高さ五メートルもありそうなセットの天井が気になっていた私は、プロデューサーに感想を問われて、窮屈であるべきはずの宇宙船内の実感がこれでは出ないように思うが、と答えた。フロデューサーは、大道具の運搬や照明上の都合など、やむをえない理由をこと細かに説明してくれた。そして私は、機械的制約が芸術作品の価値を奪うことを悲しみつつ、彼と別れたのである。
 帰宅した私は、SF作家としてこの出来事を考えてみた。もし、未来のテレビ映画製作を、小説に書くとしたら? そこでは、この問題がもっとうまく解決されているはずだ。おそらく、大道具をあちこちへ運搬するような手間はかけるまい。スクリーンプロセスにしても、いまの方法にはたくさんの欠点がある。まず、必要な明るさを持った映像を手に入れるためには、ステージを暗くした上に、よけいな光がスクリーンに迷いこんで映像を薄れさせないよう、照明に気を便わねばならない。もっと致命的な欠点は、俳優がセットの奥へ退場できないことだ。もし、スクリーンに作られたドアから俳優がむこうへ出ていったとしたまえ、その姿が影絵になっでスクリーンに映ってしまうだろう。それを防ぐためには、いまのようにスクリーンの裏からでなく、表からフィルムを映写するしかない。だが、それは不可能だ。なぜなら、そのスクリーンの前に俳優がいるのたから、彼らはワイシャツの胸に背景のこまぎれが投影されて動きまわることになる。
 原理としては、俳優のワイシャツには映らないような映像を映すスクリーン、それを考えればいい。むろん、撮影する以上は、俳優の顔も衣裳も光を反射してくれなければならないが、スクリーンの反射をそれと別個のにすれぱ、事は解決する。
 反射には三種類ある。鏡面のような整反射、白い紙のような乱反射、絵具のような選択反則−−そこまできて、私はもう一つの反射が存在することを思い出した。かなり以前に、私は道路標識−−車のヘッドライトが当るとぎらぎら光るやつ−−に興味があったことがある。あの標識板は、光がどんな方向からあたっても、その方向へ光を反射する性質を持っている。実際には、へッドライトの光束が反射のさいにいくらか散乱されて、それが運転者の目に入るわけだが、これは標識板が光学的に完全でないからだ。
 むかし買ったその塗料を私はひっぱり出して、それを居間の壁に塗り、スライド映写機の光を投射してみた。だが、反射されてくる光が直径六インチほどの円に集中してしまうので、よほど映写機の横に目を近づけないとなにも見えない。そこで、映写機の首を九十度前に回転させて、なにも塗らない隣りの壁に向け、レンズの前に板ガラスを四十五度の角度で立ててみた。映写機から出た光の一部はガラスを素通りし、一部は反射されて、塗料を塗った壁へあたるわけだ。私はガラスごしにぞの壁をのぞいてみた。こんどは成功だった。映写機のレンズをじかにのぞきこんだほどの眩しさなのだ。映写機を出た光は、しだいに広がり、そして当然弱まりながらスクリーンに達し、こんどはしだいに縮まり、そして当然強まりなから、ガラスにもどってくる。その延長線上にカメラを置いて撮影すればいいのだ。なお好都合なことに、ほかの光線からのよけいな光線がスクリーンに当っても、それは光線の方向へ反ねかえされて、カメラには入らない。
 残る問題は、映写機から出た光が俳優に映るかどうかということだ。私はスクリーンの前に白い紙を置き、映写機以外の光をぜんぶ消した。こんども大成功。スクリーンからもどってくる光は眩しいほどなのに、白い紙で散乱された映像は、ほとんど見えないほど薄いではないか。うまいことに、白い紙の落す影も見えない。それはローソクの炎をのぞきこんで、その光の作る影が見えないのとおなじ理屈なのだ。こいつはひょっとしたらものになるぞ、と私は思った……
 このあと、ラインスターが特許弁理士でもあるSF作家シオドア・L・トーマスの協力を得て、特許権を手に入れるまでのいきさつも面白いのだが、すでに紙数がつきたようだ。とにかく、みすみす通信衛星の特許をとり逃したクラークと対照的に、ラインスターのほうはこの特許権フェアチャイルド社に譲って、ちゃっかり一儲けしたことだけをお伝えしておこう。