図書館本、読了。
おたく的なものが完成したのを、「DAICON FILM作品」と「マクロス」とし。それが生まれてくるまでの、SF、漫画、特撮、アニメそれぞれのファンダムの歴史、メディアの歴史を、関係者へのインタビューを行って、丹念にまとめた力作。
自分の頭の中で「オタクの歴史ってこんな感じかな」と漠然に押さえていたものが・・。この本により見事に整理されて、実に爽快な読後感を感じた。
本書で論じられている流れを整理してみると。
- SF
- SF大会やSF同人誌がファン活動の基盤を作った。
- 70年代後半からの「サーコン系」と「ファニッシュ系」の対立→DAICON FILMへ
- 漫画
- 特撮
- のちに多くのライターを生んだファングループ「怪獣倶楽部」→「宇宙船」
- アニメ
- 中森明夫による呼び名「おたく」の発明→おたく自身が自虐的な用語しての「おたく」を使用して、セルフ・アイデンティを確立
という感じ。
特に「怪獣倶楽部」から各雑誌への編集者、ライターの流れは、あまり知らなかったことなので、勉強になった。
以下に整理してみると。
- 1971年。「原色怪獣怪人大百科」刊行(竹内博)。
- 1972年。SFアニメサークル「TRITON」結成(主宰:近藤万里子)、会誌「オリハルコン」。同サークルの「平塚町内会」に小谷真理、三田菱子がいて、のちに「ローラリアス」を結成。
- 「テレビランド」創刊。(編集部に鈴木敏夫、鈴木克伸)
- 1974年。中島紳介の主宰により、特撮ファングループ「宙(おおぞら」創設。会誌は「PUFF」(命名者は渡辺伸夫)
- 1974年11月。野田昌宏主宰の「第二回SFショー」で「ヤマト」第一話放送。小牧雅伸、氷川竜介が参加。
- 1975年。「宙」は円谷プロの竹内博と接触。そして竹内主導により「怪獣倶楽部」結成。メンバーは中島紳介、安井ひさし、原口智生、徳木吉春、聖咲奇、西脇博光、金田益美、開田裕治、氷川竜介ら。小牧雅伸も会合には参加。池田憲章もサポート。同年「PUFF」が中島と富沢雅彦により復刊。
- 1975年、ヤマトファンクラブ「ヤマトラボ」結成。会長は櫛野麻美(小原麻美)。渡辺伸夫、小牧、氷川、伊藤秀明らが会員。
- 1976年。「てれびくん」創刊。編集部に安井ひさし。
- 1976年。江古田に喫茶店「まんが画廊」開店。常連に小牧、ゆうきまさみ、川村万梨阿、蛭児神建ら。
- 1977年。「OUT」創刊。2号でヤマト特集(編集:浜松克樹、聖咲奇。執筆、小牧、氷川、伊藤ら)
- 1978年。「アニメージュ」創刊。
- このころ、「ヤマトラボ」の人々は「スタジオ・オズ」を結成して活動。1979年、中心メンバーの渡辺伸夫は「ジ・アニメ」を創刊。
- 1979年。「アニメック」創刊(小牧雅伸編集長。アニメ界のサーコン路線。高千穂遥のガンダム論争の舞台)。
- 1980年。「スタジオ・オズ」の残党に聖咲奇、開田裕治が合流し、銀英社が発足。銀英社の編集により「ファンロード」創刊(浜松克樹編集長。他に伊藤秀明、品田冬樹)。