いかりや=シミュラークル

いかりや長介って、典型的なシミュラークルだと思う。小泉首相がそうであるように。
テレビでドタバタ喜劇ができる喜劇人がいなくなった時代、老刑事役がつとまる渋いベテラン俳優がいなくなった時代、そういう時代がくると、いかりやがその役目を埋めてきた。適性もないのに。それは単に、誰かがその役割を果たさないといけないから。

彼が偽者で、本来代用品であったことすら、忘れられようとしている。というか、若い連中は、本来の起源もしらずに、子供の頃ブラウン館で偶々よく見たからっていって、いかりや追悼で盛り上がってる。その現象自体が、シミュラークル

ついでに書くと、ドリフの笑いの本質は、いかりやの根性主義(リハーサル、死ぬほど繰り返しやったらしいですからね)と、加藤、志村の幼児ギャグ。いずれも、サビシイ内容です。
ドリフターズで笑いを刷り込まれた人達はホント、カワイソウだと思うよ。(まあ、ひょうきん族も似たようなものだが。)