超力作ノンフィクション 最相葉月「星新一 一〇〇一話をつくった人」(新潮社 ISBN:410459802X)

昨日とどいた本、読み始めたら夢中になり、一気に読了。
すばらしい力作。評伝・伝記の域を超え、「貴種流離譚」的な数奇な人生を送った「星新一/星親一」を中心に、曼荼羅状に時代状況・時代精神の流れまで描き出した、ノンフィクションとしての大傑作。


星家に残された膨大な遺品(星新一は日記から作品メモ、下書きまであらゆる資料を残していた)を整理。また、134名もの関係者(家族、親族、星製薬関係者、同級生、友人、恋人、作家、編集者、ファンクラブ会長など)に取材。その「星新一のすべてをまとめよう」という著者のおそるべき熱気が、この作品には憑依している。


その結果描かれたのは、戦前の一大ベンチャー企業「星製薬」の崩壊の過程(アメリカ出張中の父の急逝により社長についた星にとっては生涯のトラウマとなり、作品にはもちろん、母や弟妹、妻子にもその内容を明かさなかった)、SFジャンルの勃興(この部分はまさに「梁山泊」状態で心おどる)と衰退、そして作品やエッセイでもほとんど自分の感情を見せようとしなかった星の素顔である。
また、金子兜太に俳句を薦めた俳人出沢珊太郎(本名・三太)が星の異母兄であったというのも驚きだ。


関係者への聞きとりも素晴らしく、長年の愛読者である私でも「えっ、そうだったのか」と驚く事実が多々だったが(特に、「タモリとの交際」は意外だった。タモリの別荘に星は、よく招かれて色んな話をしていたそう)、引用しているときりがない。


思うに、星新一は二重の意味での「貴種流離譚」的人物だと思う。
まずは、「星製薬の御曹司」が、「経営者失格」となり娯楽作家となったこと。
そして作家としての星は、初期は「安部公房のライバル」と目されるほどハイ・ブロウな文学作家であった。だが、ジャーナリズムでは「ショートショート星新一」と決め付けられる。そして「性表現を描かない」「古びてしまう風俗描写を描かない」「文章は簡単明瞭なものとする」という戦略を星がとった結果、その戦略が成功しすぎ、本来「大人のための寓話作家」だった星に圧倒的多数の「小中学生の読者」がついてしまう。そのため、「子供向けの作家」として批評の対象にもならず、軽視されてしまう。この皮肉な結果には、星も無念な思いといらだちを感じていたようだ。(小学館の「昭和文学全集」に筒井康隆が選ばれ、自分が洩れたことは非常にショックだったらしい。星が仲間うちの座談で話す「毒のあるバカばなし」に、筒井は大きな影響を受けているからだ)


ただ一つ、この本に不足を言うならば、近年・星新一ショートショートの問題提起の根源性を再評価し、自身の著書が出るたびに星新一ショートショートを1点ずつ引用している浅羽通明、彼へのインタビューが欲しかったと思う。


とにかく、素晴らしい一冊。最相葉月は「絶対音感」の一発屋ではなかった。