素晴らしい ダビッド・ベー「大発作 てんかんをめぐる家族の物語」(明石書店 asin:4750325902)

図書館本、読了。フランスの、ガロ系BD(マンガ)作家の自伝的作品。これは素晴らしい、悪夢のような作品だ。


1959年生まれの著者が5歳の1964年、2歳年上の兄が「てんかん」になる。その発作は激しいもので、1日3回は起こり、起こると1時間以上とまらないこともある。


彼らの両親は二人とも美術教師で、「リベラルで進歩的」な考えをもっていた。西洋の精神科医に何人もかかるが、病院をたらいまわしにされ、最後にかかったパリの高名な医師は「手術をしよう。ただし、これだけの医学的な危険性がある」と両親を脅す。それにおびえた両親は手術をあきらめる。


ちょうど時代は60年代から70年代。「西洋的な知への疑い」が流行していたときでもあり、両親は東洋・西洋のオカルト的な治療に、まるで「地獄めぐり」のように様々な療法師に、「兄のてんかん」の治療をゆだねることになる。


まずは日本人・桜沢如一がはじめた「マクロビオティック」という食餌療法。ここで知り合った有能な整体医のおかげで、兄の発作はしばらくおさまる。だが、その医師は「医師法違反」で国外追放となり、以降は、兄に発作を止められる医師はいなくなった。
それでも両親は、「万が一」を求めて、「反精神医学」(患者に自由にさせて、医者が患者から学ぶ)の病院、ホメオパシーシュタイナー主義、霊媒による前世占い、スウェーデンボルグの教会、「古代神秘薔薇十字会」、錬金術、ヴードー、ルルド巡礼、アリカ研究所などにすがるが、どこでも失望することになる。


それらの場所での「霊的な経験」が、日野日出志のマンガのような黒っぽい「脅迫神経的な」絵柄で描かれる。また、著者は子供の頃から戦争・暴力にひかれ、チンギス・ハーンやチムールのような虐殺者の物語に夢中になり、夜の森にいる「悪霊」たちと会話をかわす。そうした場面も、「現実と幻想」がごたまぜで語られる。


そして「てんかん」である著者の兄も、その病気に心がとらわれてしまい、ヒトラーを崇拝するような人格になってしまう。一方、暴力にとらわれている著者は、「ナチの犠牲者としてのユダヤ人」に興味を抱き、ついにユダヤ的な「ダビッド」を自分の「もう一つの名前」にしてしまう(本来の名前はピエール=フランソワ)


著者は、大学からパリの美術系学校に行き、兄と離れて暮らすが、「兄のてんかん体験」が心から離れない。たびたび、兄の夢を見て、その夢も本書には記載されている。
そして、大学生にしてようやく、「兄の病気」のことを話す友人を得るが、「本当の辛さ」がわかってもらえない苦痛にさいなまれる。


その「兄のてんかん発作に、心が占拠された人生」を、ベーがようやく語れるようになったのがこのマンガだ。1996年から2003年まで、6分冊で刊行されたこの本なのだ。著者の兄は、病気の副作用でぶくぶくに太り、発作で始終倒れるため体中が傷まみれで、前歯も折れて挿し歯、倒れるせいで後頭部の髪もない。


本書を見て連想したのは、アメリカの偉大なコミック作家であるロバート・クラムドキュメンタリー映画「クラム」であった。あのドキュメンタリーに登場するクラムの兄は、思春期に「引きこもり」になり、以降、生活無能力者になってしまう。病気がでるまでは、兄弟で「コミックの合作」をしていたのも、クラムと共通する。