手塚治虫に消された男 中野晴行「謎のマンガ家・酒井七馬伝」(筑摩書房 asin:4480888055)

図書館本、読了。


手塚治虫の処女長編にして、伝説的な「映画的表現」を持ち、当時のマンガ少年たちに多大な影響を与えた「新宝島」。
その作品の「原作・構成」を担当した男・酒井七馬。彼は「手塚治虫の行動および文章により過少評価されてしまった」が、実際は「新宝島」の成功は、酒井の「映画的表現」と、手塚のディズニー的な新鮮な絵柄の、偶然の遭遇によるものだと、本書では述べられている。(酒井抜きの、手塚単独作は、「映画的表現」において「新宝島」より劣っているとも)


そして、本書はすっかり忘却されており、また手塚により捏造されていた酒井の人生を、丹念に掘り起こす。
その作業は、読んでいて少々退屈なのだが、簡単に言えば彼は、「器用貧乏で、執着心がなくて人望のある、教え好きな人」であり、「それなりに幸せな人生」を生きた。
酒井の人柄のよさには、爽快さを感じる。そして、手塚治虫の有名な「自負心・嫉妬心」は、思えばデビュー当時からあったのだ。


酒井は、漫画家、紙芝居作家、絵物語作家など様々な職歴を渡り歩いているが、「新宝島」誕生にあたってもっとも重要なのは、戦前、大河内伝次郎の紹介で「日活京都漫画部」に入り、アニメーションの作画をした経歴である。


この経験が、「新宝島」の「アニメーション的構図」を生んだのだ。
酒井は晩年まで、アニメーションに興味を持ち続け、手塚が「鉄腕アトム」を始めれば、身近でアニメーターの卵を育てようとし、そのための会を作ったりした。また、最晩年の1966年(死去の3年前で61歳時点)に、アニメ「オバケのQ太郎」等の絵コンテをかいている。


なお、現在読める「手塚治虫全集版」の「新宝島」は、手塚により全編書き直されて「改悪」されている。オリジナル版「新宝島」の復刻を望みたい(手塚プロ的に無理かもしれないが・・。小学館クリエイティブあたりで出してもらえないものだろうか)。「復刊ドットコム」に投票のページがある(http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=1918)。心ある人は投票してもらいたい。


また、本書は、著者のデビュー作で、従来の漫画史で見過ごされていた、漫画勃興期の大阪の漫画業界を描いた、「手塚治虫と路地裏のマンガたち」の続編的存在である。「手塚治虫と路地裏のマンガたち」においては、既に酒井七馬について「手塚神話崩し」的描写があった。


その点をふまえて、私が、中野晴行の次の著書として期待したいのは、やはり「手塚治虫と路地裏のマンガたち」に登場し、強烈な印象を残した、関西貸本漫画の雄「日の丸文庫」の社長の山田兄弟と、顧問の久呂田まさみについての本である。
「ガロ」編集長長井勝一の追悼文において、「日の丸文庫」出身の山上たつひこは、「長井さんより、日の丸の社長の山田秀三さんのほうが、漫画史的には重要な存在だと思う」と書いていた。是非とも、執筆をお願いしたいものである。