「孤独な作家」としての星新一@「世界SF全集」の月報の福島正実の文章より

去年刊行された、最相葉月の評伝「星新一」で強調されていたのは、「孤独な作家としての星新一」だが・・。


30年前に刊行された「世界SF全集」の「星新一」の巻の月報で、福島正実が既に、その「孤独さ」を指摘していた。
http://d.hatena.ne.jp/kokada_jnet/00010128#p3

出版記念会などで、スピーチを要求されると、彼が好んでいう言葉に「作家は孤独だ」というのがある。いい古されて、もう何の味もなくなってしまったように見えるその言葉が、いかにも育ちの良さを感じさせる童顔の星新一が、大柄な身体をやや前にかがめ、下うつむき加減のポーズでいいはじめると、人は、一種微妙な違和感とともに、ふっと心に隙間風がしのびこむような実感を感じないではいられないのだ。ほんとうに作家は孤独であり−−星新一は孤独な作業に耐えているのだ、と思わずにはいられなくなるのである。


そのとき、全く聖域の存在を認めず、世の中のすべてを茶化し皮肉り、あらゆる価値を転置してみぜる魔術師の星新一はそこにはいない。じっと孤独に耐えている、一人の作家がいるだけなのだ。


星新一については、色んな人が書いた文庫解説や、星新一論や、亡くなった時の追悼文なども読んできたが・・。こういう論点はなかった。
ずばり彼の「孤独さ」を指摘していたのは、さすが福島正実だと思う。


しかし・・、

そして、もしもそうならば、SFなかまでトラブルが起ったときなど、彼の大らかさ、彼の心優しさ、親切さ、そんなものについその気になって、仲裁役を頼みこむなどということも、止めたほうがいいのかもしれない。もちろん彼は、一生懸命にやってくれるだろう−−しかし、他人の仲をとりもつなどということは、およそ星新一の本質にもっとも縁遠いものだろうからだ。

これは、「SFマガジン」での「匿名座談会」で、批判された作家がたちが反発し、福島が早川書房を退社したおりのコトを指しているんだよねえ・・。