ジョン・スラデック『蒸気駆動の少年』発売記念トーク&サイン会 柳下毅一郎×法月綸太郎×大森望 @オリオン書房ノルテ店

http://www.orionshobo.com/topix/story.php?page=0&id=104
私は、十数人しか会員がいない、ミクシーの「ジョン・スラデック」コミュ(http://mixi.jp/view_community.pl?id=1270292)の、一応代表(というか、他の人がこれないので)として、参加。


この3名のメンバーだと、「大森・柳下コンビ」だとSF話になってしまうので、まずは法月綸太郎氏がミステリ話をしていた。だいたい以下のような内容。

  • 今回の本に収録されたSFで、「スター・シープ・ヴァン・ダイン号」という、ヴァン・ダインにリスペクトした宇宙船が出てきた。スラデックはイギリス・ミステリ派だと思っていたので、意外。(ちなみに、元ネタは「スティーム・シップ・ヴァン・ダイン号という蒸気船)
  • ヴァン・ダインの作品は、「ワトソン役がほとんどしゃべらない」ことで有名。そう考えてみると、以前、「法月綸太郎本格ミステリ・アンソロジー」に収録した「密室」(今回の本にも収録)は、ヴァン・ダインのパロディのように思えてくる。
  • 「みえないグリーン」と「黒い霊気」では、前者のほうがミステリとしての出来はいいが、雰囲気は後者のほうがいい。
  • 「みえないグリーン」では「トイレの殺人」の馬鹿トリックが有名だが、今回読み返してみると、3番目の殺人がビザールな感じでよかった。
  • スラデックは世代的にはネオ・ハードボイルドの作家たちに近い。サッカレイ・フィンも、「たまたま、ネオ・ハードボイルドの探偵が、ロンドンにいる」ようにも感じる。実際、同時代のネオ・ハードボイルドの作品で、オカルテックな宗教団体を舞台とした作品もある。
  • SFではギャグ的な作品が多いが、ミステリは舞台も「当時の現代」で「ガチンコ」で書いている感じがする。この当時、「本格再評価」の機運がイギリスでもあったが、過去を舞台にしたノスタルジックな作品が多かった。スラデックのミステリが商業的に成功しなかったのは、「現代を舞台」にしていて、それがノスタルジーに耽りたい、本格愛好家にジャマだったからではないか。
  • ミステリファンは、「SF作家としてのスラデック」を全然知らないので、「現代文学にも通じている偉いSF作家が、たまたまミステリを書いてくれた」ように、思っていた。が、そうじゃなかったんですね・・と。(大森さんが「ボルヘスがミステリを書いたように感じてたんですね」とリアクション)
  • スラデックのギャグは、「ミステリマガジン」に浅倉久志さんがずっと連載していた、「ユーモア・スケッチ」系のアメリカン・トール・テールに近い物がある気がする。(これは私的には、ちょっと外れているような気がするが、「ミステリマガジン」の浅倉さんのユーモア・スケッチの連載、ミステリの人には、かなり印象に残ったんだね)


で、時間的は後のほうになるが、「黒い霊気」の翻訳者の風見潤さんが会場にいて、前に出て発言していた。(長野からわざわざいらしたそう。ちなみに私がスラデックの名前を初めて知ったのは、風見さん編集のアンソロジー「世界SFパロディ傑作選」に収録されていたバラードのパロディ短編だ・・・)
それで、風見さんによると(ギャグかもしれないが)、「黒い霊気」にある名セリフ「名探偵には名犯人が必要だ」は、先に当時ミステリマガジン編集長の各務さんが言っていた。だから、原文にはなかったんじゃないかなあ・・と。ホントですか。


このあたりで、大森さんが、「みなさんスラデックをどこで知りましたか?」と、会場の人々に挙手を求める。「みえないグリーン」のミステリ作家として知った人、数名。「スラデック言語遊戯短編集」で知った人、こちらも数名。
「じゃ、これから初めて読む人」と聞くと、8割方の人が手を上げた・・。うーん、スラデックを全然読んでいない人たちを前に、このメンバーでマニアックな話をして大丈夫か?
このトークのあと「サイン会」だから、それ目当てできた人も多いのかしら。


その後は、柳下毅一郎氏のコレクション自慢。木の頁に活字で短編が印刷してある「限定100部」の高価な本や、「これを買うのは異常」と大森さんも言っていたスラデックが出した「UNIXのエデイタのマニュアル本」、などなどが披露されていた。


それから、参加者の各座席に「おみやげ」的に配られていた資料の紹介。
まずは柳下氏訳の、「敵性地域」という短編。見開き2ページに32個のストーリーが書いてあり、矢印が「下」「右」「斜め下」に引いてあって、「どうよんでもストーリーが出来上がる」という、まさにスラデックならではの、パズル的作品。


それから、「と学会」2号に掲載された、柳下氏によるスラデックの超科学本の紹介文のコピー。実際はマイケル・ムアコック(か誰か? 聞きもらした)にきた仕事だったのだが、面倒くさくなって、スラデックに振られてしまったらしい。それで、真剣に調べはじめたら、3年もかかってしまったという。
とりあえず、ジェイムズ・ボーという名前で、3冊の占星術本を書いているそうだが、それらが「スラデックの本で一番売れた本」だそうだ。悲しい話。ちなみに、柳下氏が古本で買った一冊には、マイケル・ムアコックの蔵書票がついているという。


あと、配布はされなかったが、大森さんが手元に持っていたのは、なんとスラデックの遺作の「推理パズル集」の日本語訳の手書き原稿。大森さんが新潮社勤務時に、なぜか突然上司から、「これ、ある翻訳家の人からもらったんだけど、どうする?」と渡されて、そのまま、今も保管しているそうだ。


それから、「大森×柳下」による、SF系の話。スラデックがSF界で一番有名なのは、いろんな作家のパロディ短編で、SFマガジンにもたくさん訳されてる。今回の本の表題作も、ハインライン・パロディだとか。(ちなみに、パロディ物だけで、一冊にまとめてくれないかなあ)


あと、晩年に長篇をたくさん書いた、「ロボット物」の作家としても英米では有名だということ。そのうち、子供ロボットが成長していく話は、実にいい話でスラデックぽくないそう。
それから、大森さんが、瀬名秀明さんがロボット物のアンソロジーを作る際に、「スラデックってロボットSFをたくさん書いているから、いいロボット物短編ない?」と聞かれて。スラデック的な異常なロボット短編を紹介したら、瀬名さんから以後、返答はなかったそうだ。


それから翻訳の話。「スラデック言語遊戯短編集」の越智道雄の訳は、やはり、罵倒されていた。あの本から、今回の本にも何篇かセレクションしたらしいが、「SFマガジン掲載時」の「旧訳」を使ったそう。あと、故・黒丸尚訳の作品もあったそうだが「訳文が個性的すぎて」収録を見送ったとか。


柳下氏によると、「スラデックは、一つのテーマを見つけると、それに没頭して、そのテーマを解体するほど熱中する、異常な作家だった」ということ。ただし、「今回の作品集は、スラデックにしては読みやすい作品を選んでいるので、普通の読者でも、なんとか読めるのでは」ということだった。


大森さんが、「円城塔も結構、スラデックしている」とのことだったが、私の右側の席に座っていたのが、なんと、円城氏だったようだ。


そして、私が「はてなキーワード」に書いた「スラデックは、とり・みき唐沢なをきのような理系ギャグ作家」というのも、柳下氏の今回の本の後書きで、「そんな生易しい作家じゃない」と、批判されているそうだ。
挙手して、「すみません、それ書いたの私です」と自白すると、大森さんが「あ、犯人がいたね(笑)。でも、そういう風に、わかり易くたとえて、他からファンを引っ張ってくるのは、僕もよくやってるから」と言ってくれた。


今後のスラデック翻訳事情だが、法月さんによると、「ミステリ的には紹介されつくされている」そうだが、「ミステリマガジンに載った短編をまとめてくれると、いいねえ」ということだった。
SFのほうでは、国書刊行会の「未来の文学」で、スラデックでも一番の難物の「THE MULLER-FOKKER EFFECT」が、浅倉久志訳で予定されているとのこと。


あと、「蒸気駆動の少年」の売れ行きが「万が一」良かったら、次に何か出せるかも、ということだった。
最後に「祝電」が披露されていて、「1年前に翻訳した短編が収録された本が、ようやく刊行されてメデタイ。 山形浩生ベトナムより」。で場内爆笑。


以上。しかし、こういうマニアックな話が「スラデック未読の人が大半」の、今日の観客にどこまで通じたかしら。このあとは「サイン会」になったので、我々は退散。


そういえば、デイッシュとの合作で角川文庫から出ている「黒いアリス」の話は、今日は全然でなかったなあ。最後の質問コーナーで、質問すればよかった。でも、なんか退屈で、私も途中で読みのやめちゃったなあ。(あとのスラデック翻訳本は、全部読んでいるんだけれど)


ちなみに、今回の本、私はAMAZONに予約注文したのだが、いまだ届かず。現物を目にしておりません。
なお、ミクシーの「スラデック」コミュ(http://mixi.jp/view_community.pl?id=1270292)管理人の「ダイス毛さん」は、既に入手されてた(http://d.hatena.ne.jp/dice_que/20080223/1203763249)。