1979年の「各務三郎による植草甚一のテキスト批判」の検証(本題 その2)

上記を受けての、検証の続きである。


今回の検証対象とする、各務の批判を以下に引用する。

氏の博識ぶりは世評に高い。
(略)
『ウッドワード&バーンスタインの『大統領の陰謀』の原題All The President's Menをペン・ウォーレンのAll The King's Menのもじりだと断定----マザー・グースに登場する卵のなぞなぞ唄「ハンプティ・ダンプティ」であるという基本的な知識が欠落してしまっているのだ。

これは、各務の批判を一読、私もヒドイと思った。私でもすぐわかる知識不足だからである。


一応、元ネタのマザーグースを引用。
http://en.wikipedia.org/wiki/Humpty_Dumpty

All the king's horses,: And all the king's men,: Couldn't put Humpty together again.


さて、前回同様に背景を整理してみよう。
批判されている植草の文章は、「ミステリマガジン」1974年10月号に掲載の「ニューヨークの古本屋を歩く」である。
だが、この文章の最後には「1975年8月録音」と書かれているのだ。これは「1974年8月録音」の間違いだろうが・・、つまり、ニューヨークに3ヶ月滞在して帰国したばかりの植草に、編集部がインタビューしているのだ。


指摘された部分を、前後を含めて引用。

それで本はたくさん買って、読みきれないし、こんなもん(アクセサリー、室内装飾品など)もたくさん買ったからあまり本は買わなくなるし、そう無駄遣いしなかったろうと思うんですがね。13000ドル使っているわけ、かなり使いでありますね。
(略)
とにかく責任上読まなくちゃあならないので、「ハヤカワ・ミステリ・マガジン」向けの7冊持ってきた。税関で値切って、39ドルとられたけれど、読みたくなったのがそれですね。
「All the President's Men」(邦題「大統領の陰謀」)、それはペン・ウォーレンの「All The King's Men」をもじった題ですが。それから、飛行機の中で読んじゃった、クリストファー・リーチ「センド・オフ」。それから、これは三日前に五番街の「リッツォーリ」ていうぼくが気にいった本屋で買ったやつ。
(以降、飛行機に持ち込んだ本についての説明が続く)

大統領の陰謀―ニクソンを追いつめた300日 (文春文庫)

大統領の陰謀―ニクソンを追いつめた300日 (文春文庫)

すべて王の臣

すべて王の臣


3ヶ月のニューヨーク滞在で、当時のお金で13000ドルも、本につかったのも凄いが(本を300冊買ったらしい)。それはそれとして・・、この文は、自分が飛行機に持ち込んだ本について説明しているだけなのだから。
「ペン・ウォーレンの「All The King's Men」をもじった題」などということは、全然説明しなくてもいいわけである。
でも、つい思いついたから、言ってしまったのだろう。この植草の態度は、「基本的な知識が欠落」というよりも、「おっちょこちょい」と表現すべきように、私は感じる。


なお、ペン・ウォーレンの小説「All The King's Men」は、1930年代を舞台にした、南部の理想主義を掲げる野心的な州知事が挫折していく物語である。1946年に小説は発表。1949年には映画化され、アカデミー賞を受賞している。
この州知事は、「大統領の陰謀」で取り上げられているニクソンとはまったくタイプが異なるが・・、政治家についての本ということで、ウッドワードとバーンスタインもその題名をつけるにあたり、少しは意識はしていたかもしれない。


前回の検証でも、植草が「ガムシューという単語に、刑事・探偵という裏の意味があることを知らなかった」という話が出てきたが。
植草の海外文化への接し方には、このような俗語や、マザーグースのような大衆的な文化などへの好奇心が、欠けていたのだろう。


植草の文章を読んで感じるのは、強烈な「作家主義」である。小説家・映画監督・漫画家らの固有名詞が、非常に多数、登場する。ある作家の作品を紹介すると、それに似ている、それから連想される作家・作品がずらずらと並べられる。
しかし、そういった作品の背景にある、欧米の基盤文化については、ごく常識的な説明が書かれているだけで、あまり興味がないことがわかる。


今回の結論。各務の批判は、確かに「植草の知識のありかたの限界」をついている。
だが、植草の本領は、元々、そういった部分以外にあるのだから、構わないのではないか・・と、今回の植草のミスがミスだけにあまり強気にはいえないが、一応、私としてはそう考える。


(この検証、さらに続く)
http://d.hatena.ne.jp/kokada_jnet/20091016#p2