昨夜もまた、眠れない。寝れないうちにダンダン暑くなってきて、寝巻を脱いで下着だけになる。冬は「夜明け前」が一番寒いのだが、夏は太陽のパワーが違うので地平線の下にいる時点で熱が伝わってくる。それで、太陽が出る前の4時ごろからもう、温度があがってくるみたいだ。
結局、また5時就寝。
今朝は少し早く、11時起床。眠いが、少しでも現状の睡眠リズムを打破していかないと。晴れて、暑い。


寝不足で元気ないので、散歩は中止。昼食前に、図書館に行き、本の返却&延長手続き。
帰宅して、昼食後、また、恒例の夕方の2時間の夕寝。

夫婦二人とも闘病生活に疲れてきた→カラオケへ

毎日毎日、体操したり、腹湯に使ったり、ゲロマズの煎じ薬飲んで、マッサージして、それから、ちょっと自宅の周りをウロウロするばかりの生活。たまに外出したとしても、せいぜい川崎駅前で、エアコンの寒さ怖いので、碌に店にも入れない(入ってもすぐ出てしまう)。
こんな生活が、さらにあと1年くらい(?)続くのかなあと思うと、私も、妻も、心が壊れかけてきた。


まあ、もう少し涼しくなれば、各店も寒いくらいのエアコンやめて、私も入店できるようになるので、だいぶ気分も違ってくるだろうけど・・。


で、夕食後(21時から)、二人とも、鬱気味なので、歩いて10分の、大島三丁目の居酒屋2階のカラオケボックスへ。カラオケボックスなら、部屋ごとにエアコン調整できるので、私も安心。1時間歌って、ストレス少し解消。あー、楽しい。
私は、憂歌団ヴァージョンの「君はファンキー、モンキー、ベイビー」、妻は梶芽衣子修羅雪姫」が出来がよかった。
妻に、次回から、懐メロやフォークを、もっとバンバン歌ってよと、リクエスト出しといた。
あと、まる1ヶ月、「腹湯」中の退屈しのぎに、歌う練習したクレイージーケンバンド「I LIKE SUSHI」は、私の歌唱力では歌えないことが判明した。1ヶ月の猛練習は何だったの。

呉智英、高橋悠治、鈴木志郎康、野坂昭如、神吉拓郎、中島誠、赤瀬川原平「当世滑稽裁判譚」(風涛社 1975)

図書館本、昨夜の眠れない間に読了。各著者に、架空の裁判を描かせた、企画モノだが、出来が悪い。でも、赤瀬川原平の装丁はサイコー。

呉智英」名義では初著書となる呉智英先生はといえば、「国民」を被告とした裁判を担当。「国民」という概念がいかに恣意的に使われているかをシニカルに述べ、のちの才気の片鱗は見せるが・・、うーん、残念ながらイマイチ。


他の面々といえば、高橋悠治は「ベートーベンについての後世の裁判」、鈴木志郎康は「「生活」という言葉を利用不可とする裁判」、野坂昭如神吉拓郎は「白という概念に対する裁判」、中島誠という人は「インスタント食品に対する裁判」で、どれも、駄目駄目。


しかし、素晴らしいのが巻末を飾る赤瀬川原平の「虚虚実実小説 裁判所群島」。「櫻画報」の馬オジサンと泰平小僧が登場し、「裁判所が民営化」され、「男女裁判官大募集」「6ヶ月で身につく裁判スクール」等の広告が町中の電信柱に貼られる世界が展開される。
そうして「裁判官になって美味しいモノをたらふく食べよう」と決意した二人が「裁判所工場」に入ると、「トントン、トカトン」と槌の大音声で、判決が大量生産されている。
70年代までの赤瀬川原平が持つ、鋭利さ、バイオレントな感覚が炸裂した、傑作。これを読むだけでも、この本を借りた価値があった。

「どうでしょうクラシック」東京ウォーカー第3夜

昨夜、MX-TVで録画したものを見る。
高ノ輪から、レインボウ・ブリッジ歩道を300円払って(アソコって、横を車がビュンビュン飛ばしてるし、全然快適な空間じゃない)お台場まで歩く。そこから船に乗って浜松町まで、そこから六本木までまた歩く。


たまらなく懐かしい、東京の風景。川崎から、電車に乗ればすぐ行ける所ばかりなのだが、今の私の体調では、とても手が届かない。札幌在住のどうでしょう班のみなさんより、遠い東京。