呉智英、高橋悠治、鈴木志郎康、野坂昭如、神吉拓郎、中島誠、赤瀬川原平「当世滑稽裁判譚」(風涛社 1975)

図書館本、昨夜の眠れない間に読了。各著者に、架空の裁判を描かせた、企画モノだが、出来が悪い。でも、赤瀬川原平の装丁はサイコー。

呉智英」名義では初著書となる呉智英先生はといえば、「国民」を被告とした裁判を担当。「国民」という概念がいかに恣意的に使われているかをシニカルに述べ、のちの才気の片鱗は見せるが・・、うーん、残念ながらイマイチ。


他の面々といえば、高橋悠治は「ベートーベンについての後世の裁判」、鈴木志郎康は「「生活」という言葉を利用不可とする裁判」、野坂昭如神吉拓郎は「白という概念に対する裁判」、中島誠という人は「インスタント食品に対する裁判」で、どれも、駄目駄目。


しかし、素晴らしいのが巻末を飾る赤瀬川原平の「虚虚実実小説 裁判所群島」。「櫻画報」の馬オジサンと泰平小僧が登場し、「裁判所が民営化」され、「男女裁判官大募集」「6ヶ月で身につく裁判スクール」等の広告が町中の電信柱に貼られる世界が展開される。
そうして「裁判官になって美味しいモノをたらふく食べよう」と決意した二人が「裁判所工場」に入ると、「トントン、トカトン」と槌の大音声で、判決が大量生産されている。
70年代までの赤瀬川原平が持つ、鋭利さ、バイオレントな感覚が炸裂した、傑作。これを読むだけでも、この本を借りた価値があった。