いしかわじゅん「漫画ノート」(バジリコ asin:4862380700) 「人物評論」になる漫画評論

図書館本、読了。「漫画の時間」以来、12年ぶりの漫画評論集。しかし、分量がすごい、440ページもある。もう少し早く、薄いページ数で出してほしかった。


いしかわじゅんの漫画評論の特徴は、「その漫画家がどういう人物なのか」という人物論が、究極にあるのだと思う。実際に知り合いの漫画家なら、必ず、その人物のキャラが分かるようなエピソードを、必ず書く。面識がない人物でも、漫画表現から想像される「どうしてこの作家は、こういうテーマを書くのか」「どうしてこの作家は、こういう技術表現を使うのか」ということを、探求している。


だから、いしかわじゅんの評論や、「BS漫画夜話」での発言が、一部の漫画家の間で評判悪いというのは、わかる。彼がある漫画家を「評価しない」場合、彼の物言いが、単なる作品批判ではなく、「人格攻撃」に受け取られてしまうからだ。(それに彼は無自覚のようだが)


ところで、私はどうかというと、彼のこの「漫画家の人物像を書く漫画評論」は好きである。
純粋なゴシップ的な興味もあるが、「小説を読むより、小説評論や作家の伝記を読むほうが好き」「映画を見るより、映画作家についての本を読むことを好む」、のが現在の私である。
だから、漫画についても、「漫画を読むより、『漫画家なんていう、ナンギな職を選んでしまった人たち』の人物像に興味がある」のだ。


だから、この本は面白かった。前作と比べると少女漫画についての論が多いかな(いしかわじゅんには、5歳年下の妹がいて、それで少女漫画に免疫がなくなったそうだ)。
以下、この本の中で私が気にいった「漫画家についてのエピソード」。

  • 井上雄彦が「スラムダンク」終了語、次にどこの雑誌を選ぶ迷った際、他の雑誌は「何でもいいから書いてください」だったが、「モーニング」編集部だけは「宮本武蔵について書いてください」と提案したという。(それで「バカボンド」を連載開始した)
  • 堀田あきお手塚治虫のアシスタント出身。
  • いしかわ1972年から吉祥寺に住み、「ぐわらん堂」の常連であった。そこには憧れの鈴木翁二がいた。
  • 超バイオレンス漫画「バクネヤング」の作者、松永豊和青木雄二のアシスタント出身。
  • 青木雄二は自分の絵に自信を持っていて、いしかわに「わしは、どんな人物でもうまく描き分けるからなあ」と語った。
  • いしいひさいちの登場で「四コマ」ブームが来て、「ストーリー・ギャグ漫画」はマイナーになってしまった。
  • BS漫画夜話ではゲストはたいてい機能していないし、機能させようと誰も気を使ったりしない。
  • SPA!」元編集長の迮師一彦は「OUT」の編集者出身。
  • 上條淳士は以前、女性と二人で漫画を描いていて、女の子のキャラは彼女が描いていた。
  • 古谷実講談社のパーティで見たら、ロン毛のイケメンで、いしかわは愕然とした。
  • 吉田秋生には、「東京地元民」の匂いがする。
  • いしかわじゅんは、学生時代、すぐ近所に大島弓子が住んでいると知り、非常に落ち込んだ際、面識もないのに突然たずねていったことがある。大島はこころよく受け入れてくれたそうだ。
  • 岩明均には「大学の漫研」出身の匂いがするので、調べてみたら和光大学出身だった。(漫研に入っていたかは不明)
  • 高橋留美子の漫画に出てくる女性キャラが乳が大きいので、本人に聞いてみたら、本人も乳が大きいそうだ。(漫画家は自分を基準にして漫画を描いている、という例)
  • 戦争漫画の小林源文の作品には、「淡々とした不思議なユーモア」がある。
  • 松田洋子はある漫画の妻だったが、離婚して漫画家になった。
  • 手塚治虫が「七色いんこ」で、当時「抗争」していた、吾妻ひでおいしかわじゅんのキス・シーンを描く際、わざわざ電話してきて了承を得た。
  • マニアックな漫画を描いていた永島慎二が、梶原一騎原作の「柔道一直線」を描いたが、前半は違和感がすごい。
  • しまおまほの「女子大生ゴリコ」は、「SPA!」で中森明夫がとりあげる前に、いしかわはある編集者から見せられていた。
  • 吉祥寺の楳図かずおの仕事場にいったところ、壁も家具も真っ白だった。来客用の部屋は「星の部屋」ということで、星型のグッズがあふれていた。
  • いしかわじゅんと、とがしやすたかが、少し外見が似ているので、蛭子能収はある時、いしかわにあって「この人はとがしさん」と思ってしばらく、話しをしていた。その後、エビスさんは、いしかわがスゴク怒っているだとうろ恐れ、いしかわと再開した時、Tシャツ、自分の本、お菓子とドンドンとプレゼントした。
  • 高信太郎の「ヤングコミック」時代の漫画には、担当編集者の筧氏が常連キャラとして登場していた。
  • 原律子は、マディ上原と離婚したあと、再婚している。いしかわが「漫画を描かないの?」と聞いたら、「家庭をこわすから嫌」と答えたそう。
  • 大城ゆかが「OFFICE YOU」で短編を描いたことがある(!)
  • 川原泉は鹿児島在住。坂田靖子は金沢在住。(えー! そうなの?)
  • 山松ゆうきちが、インドにいって平田弘史の「血だるま剣法」を自力で翻訳出版しようとしたことがあるが(これは知っていた)。その他、インドのセロテープにはカッターがついていないので「カッターつきセロテープ」を工場で作ってもらう売ろうとした。(売れなかったそう)
  • 古谷三敏高井研一郎北見けんいちにはフォロアーがいない。ちなみに、この三人は赤塚不二夫のアシスタントウ出身。

なお、巻末に「芸術新潮」に載った、「失踪日記」刊行直後の、吾妻ひでおへのインタビューがあり、二人で吾妻がホームレスしていた小金井公園に行って、話しをしている。
いしかわじゅんも、デビュー10年目で、「ギャグ漫画家のプレッシャー」に悩まされ、仕事をへらし、香港やロンドンで数ヶ月すごしたそうだ。仕事も1年半ほどやすんだとか。いやー、「ギャグ漫画家」って、大変な仕事だねえ、やっぱり。