小谷野敦「リチャード三世は悪人か」(NTT出版 ISBN:475714167X)

図書館本、読了。
前書きにも後書きにも、「執筆意図」は書かれていないが、「シェークスピアを見たり、読んだりする日本人」は、当時の本当の歴史的事実を知らないため、「日本史を全然勉強しないまま、NHK大河ドラマだけ観ている外国人」みたいなもんだ。という、小谷野先生のイラダチというか「使命感」があったのだと思う。


そしてもちろん、

私の専門は比較文学だが、その基本的な方法は、こうした典拠との比較検討にあるのであって、時おりみかける、まるで関係のない文学作品同士を「比較」して感想めいたことを書くのは、まともな学問ではないので、誤解のないようお願いしたい。

などという皮肉も、欠かさない。


それで、この本は、「リチャード三世の真実」「マクベスとその史実」「伝説の中のリア王」「オセロウは黒人か?」の4編構成で、「本当の歴史的事実とシェークスピアがした脚色」「シェークスピアが元ネタとした本との比較」が、論じられている。
ちなみに、この本で初めて知ったが、マクベスは、「王位を奪った」といっても、王の従兄弟で、元々「王位継承権」があった。また、当時のスコットランドの王制では、「長子相続」ではなく、「王族の中のもっとも優れたもの」が王位を継いだという。確かに、こういったコトを知らずに「マクベス」を見ても、無意味だろう。


そして、本書の半分を占めるのが、「リチャード三世の真実」。
シェークスピアは、リチャード三世から王位を奪った「チューダー朝」の御用演劇家だったので、シェークスピアの作品中のリチャード三世は、「不具者で悪人」という、化け物のような存在に描かれている。
そして、ジョゼフィン・ティンの安楽椅子探偵小説・歴史版「時の娘」でも取り上げられている、「リチャード三世は、兄王の息子たちの、少年二人を殺したのか」という点が、メインテーマ。
この問題について、イギリスでも、長年に渡って「リチャード擁護派」と「リチャード悪人派」の論争があったそうで、その論争史が延々と紹介されている。


それから、所々で、イギリスでの歴史的事実を「これは日本史で言うと○○に似ている」と比較しているのも、わかり易い。
系図マニア」を自認する小谷野先生だが、こういう歴史書を書くのは、本当に楽しそうだ。当然ながら、巻末には、きちんと詳しい系図がついている。
その「書く楽しさ」がこちらに伝わって、楽しく読み終えることができた。