過労死した金融工学の先駆者 今野浩「すべて僕に任せてください 東工大モーレツ天才助教授の悲劇」(新潮社 )

図書館本、読了。


地味な題名で損をしているが、これはすごく面白い本だった。理系の研究者の研究人生を、リアルに赤裸々に描いた本。
著者は、筑波大学から東工大(一般教養担当)に移動した社会工学者。年号が平成にかわったころ、金融工学黎明期、「理系の学生たちが次々と金融機関に就職していく」風景をまのあたりにする。


そして著者も専門を「金融工学」にシフトしていくことになるのだが。彼の助手として現れたのが、「10年に一人の天才」と呼ばれる白川浩という人物。彼がこの物語の主人公となる。
研究が何よりも好きで、研究室にソファーを持ち込んで週の何日かは学校に泊まり、敬愛する研究者がいれば他の大学(東大)の教授だろうと通って師事する。一方でまじめで人がよい面もあり、頼まれもせずに大学院の学生の面倒をみるし、大学の雑用もできるだけこなす。題名にもあるモーレツ仕事人間なのであった。


おりしも、「大学院重点教育」など大学改革のおり。そのため、大学教員の仕事量は増えていた。さらに「バブル崩壊金融危機」に対処するため、著者らは東工大に「東京工業大学理財工学研究センター」という研究施設をたちあげる。
センターの中心となった白川は、一般の投資家が中小企業に直接投資するという「インターネット・ファイナス・システム」を構想し、その推進役としてさらに多忙な日々をおくるのだが、42歳で肝臓癌で死去する。
http://www.craft.titech.ac.jp/s_lab/people/member.html


学問に関しては天才的だが、自分が評価しない人物は先輩だろうと一切評価しないという、白川の壮絶な人生は鬼気迫るものがあるが。


そのほかにも、

  • 著者が東工大一般教養担当時代の、スター学者たち(永井陽之助江藤淳ら)の確執
  • 純粋数学者が感じる応用数学者への見下した気分。その一方応用数学者側の複雑なコンプレックスと、『役にたっている側』としての自負
  • 経済学者と金融工学者の確執
  • 共同研究が多い理系大学の体育会系人間関係(著者はそれを『ラグビー部』と表現している)
  • 奇奇怪怪な学内政治

などなど、暴露的な興味深い内容が多数書かれている。


ちなみに、私は実は、東工大の数学科を平成元年に卒業していて。このあたりの空気を体験しているため、その意味でもこの本は大変興味深かった。
我々の学科で卒業研究担当教師を決める際、20人の4年生のうち半数もの10人が、「確率論」担当の某教授の下についた。それは、「金融機関に入りアクチュアリーを目指す」というのが、当時、野心ある数学系の大学生の間のトレンドだったためであった。
数学科の劣等性だった私は、その道は、はなから選ばず、メーカーに就職してSEになった訳なのだが。


なお、著者はサブプライム・ローン破綻以降の「金融工学バッシング」に対し、後書きで「金融工学に全く責任がないとは言わない。しかし、大破局の元凶は、金融工学を使ったふりをして、劣悪な商品を売りまくった、ウォール街・政府・MBA複合体と、それに加担した強欲な投資家たちだ」として、バッシング反論本を書く予定だという。
この本も楽しみだ。